その茶寮は、まさに丘の上に建っている。名前の通り、小窓の空いたカウンター席から星が綺麗に見える喫茶店で、特に冬になるといくつも星の降るのが見えた。今日もUはいつものカウンター席に座り、見るともなしに窓の外を眺めていた。

「今日はやけにたくさん降るな」

後ろから同じ窓を覗き込んだらしい店主がそう呟く。

「そうですね。誰も怪我なんかしなきゃ良いんですが」Uが振り向くとしかし店主の見ているのはUの手元にある織部の薄いデミタスカップだった。

「冷める前に、さっさと飲みたまえ、エスプレッソは味が落ちるのが早い」

苦々しい顔でそう言った店主は、ややどっしりとした体型で、白髪で、メガネをかけており、一見気難しげに見えるが、果たしてその通りの人物で、彼に叱責されたスタッフは全員やめてしまったし、こうして一々お客にも指図してくるので店はいつも閑古鳥。それでもUは、まさにその点においてここが気に入っていた。ここからの眺めをほぼ独り占めできるし、なにより彼の提供するお茶や料理はたいそう美味しく、器も素晴らしいものばかり。彼が気難しいのは美味しいものを一番美味しい状態で提供したいから、また、味わって欲しいからなのだと分かっていたのだ。

「今日も、美味しいエスプレッソをごちそうさまです」

「本当はエスプレッソは砂糖を入れて完成するもんなんだがな」

こちらは精一杯楽しくしようとしているのに、むすっとしながらカップのソーサーに残ったままの角砂糖を見た店主は舌打ち寸前といった表情である。こんなふうだからいつもひとりぼっちなのだ、この老人は、とちょっと呆れたくもなる。

「しかしあれだけ星が落ちてきたならなにか有効活用できないもんですかねぇ」とUが言うと、店主は珍しくにやりと笑って、「きみ、その珈琲碗が何で出来ているのかわからないのかね。そいつはあの、流れ星のかけらからできているんだ」と言った。

まさか、そんな、と思いながらもカップをひっくりかえしたりしながらあちこち見てみた。どこも変わったもののようには見えない。陶器にしてはかなり薄造りではあるが、ここの器は一級品ばかりだから珍しいことではないだろう。でもそれももしかしたら地球には無いような高品質な土のおかげだとでも?

「きみ、器というのは料理の着物であるのだよ。低級な食器に甘んじているものは、それだけの料理しかなしえない。意識の高い人間であるためには、努めて身辺を古作の優れた優品で満たすべきである。そう考えた私は、古代の優れた文明を持つ星を探した。もう今は滅びてしまっているような、しかし歴史ある星をね」

「宇宙旅行に行ったというんですか?」

「旅行って程のもんでもない。自前のロケットを1機、持っているんでね。ほら、そこの、胡桃の入っているやつは、そんな星の遺跡から発掘した鉢を金継ぎしたものさ」

店主が指差す方向を見ると、バーカウンターの中央に黒いボウルが置いてあった。金色の稲妻がびりびりと走ったように修繕されており、その迫力は圧倒的だ。

「すごい。まるでその星の記憶をそのまま内包しているみたいな迫力だ」

店主は満足そうに頷く。だんだんと、店主が人間離れしているように見えてきた。というか、地球人離れしている、とでも言おうか。良く見れば耳が若干尖っている。いぶかしむUに気づかず店主は話し続ける。

「だがね、残念ながらそういう星はそんなには無いんだよ。あったとしても、器を発掘することは輪をかけて難しい。だからね、私は地球よりも古い歴史を持つ他の星の土を使って器を作っているんだよ」

「まさか。そんな話は聞いたことがない。大体一体どこに出かけて採ってくるって言うんです」

「無論、わたしの故郷だよ。しかし最近は腰が弱くなってきてね。こうしてたくさん星が降ってくるのは幸いだ。朝の散歩のついでにちょいと拾ってこられる」

「・・・あなた、自分は宇宙人だって言うんですか?一体何者なんです?まさか火星人?」

「いいや。魯山人さ」

店主はまた、にやりと笑った。

つづく。

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